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人事労務コラム Column

2023.10.15

特集

【要注意!】定年後の再雇用社員の給与について ~給与決定に関する実務上の留意点とは~

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

前回は名古屋自動車学校事件の最高裁判決について解説しましたが、今回はそれに関連して、企業における再雇用社員の給与決定に関する実務上の留意点について、法律、ガイドライン、裁判例を確認したうえで考えていきたいと思います。

▽前回コラム
【判例解説】名古屋自動車学校事件について ~無期雇用と有期雇用における不合理な待遇差の禁止をめぐる最高裁判決~

 

1.パート有期労働法8条の定め

パート有期労働法では、労働時間の短い「パートタイム労働者」や有期契約の「有期雇用労働者」と、フルタイム無期雇用の「通常の労働者」(いわゆる正社員)との間の不合理な待遇差を禁止する「均衡待遇」が定められています。同法では、待遇について通常の労働者と違いを設ける場合、その違いに応じた待遇にしなければならないこととされており、その判断にあたっては、以下の3つを考慮することとされています(法8条)。

職務内容(労働者の業務の内容および当該業務に伴う責任の程度をいう。以下同じ。)

職務内容および配置の変更の範囲

その他の事情

 

たとえば、仕事の内容や責任の重さ、転勤や配置転換の有無等について、正社員が「10」、契約社員が「7」であった場合、賞与や慶弔休暇等の待遇差の割合についても10:7にすべきであり、契約社員であることを理由として、賞与や慶弔休暇等が10:3や10:0である場合、不合理な待遇差として同法違反となる可能性があります。

なお、この場合の「待遇」とは、労働時間や労働契約期間以外の労働条件であって、基本給や賞与、休暇、休職、教育訓練、福利厚生など非金銭的待遇を含むすべての待遇をいうこととされています。

2.同一労働同一賃金ガイドライン

では、1.で見た「均衡待遇」は、定年再雇用者の待遇を決定するにあたっても同様に考慮する必要があるのでしょうか。ここでは厚労省の考え方について見ていきます。

同一労働同一賃金ガイドライン(平30.12.28厚労省告示430号)では、通常の労働者と有期雇用労働者との間の待遇の違いが不合理と認められるか否かを判断するにあたって、定年再雇用者であることはパート・有期労働法8条の「その他の事情」として、不合理性を否定する判断材料の一つとして考慮されるとしながらも、定年再雇用後の待遇が不合理か否かは総合的に判断するのであって、定年再雇用であることのみをもって、ただちに通常の労働者と定年再雇用者との間の待遇の違いが合理的であると認められるものではないとされています。

3.正社員と定年再雇用者の待遇の相違にかかる裁判例について

次に、正社員と定年再雇用者の待遇の相違が不合理であるか否かが争われた裁判例について、前回見た「名古屋自動車学校事件」とは別の事案について見てみましょう。

定年前後で、「①職務内容」または「②職務内容および配置の変更の範囲」に相違がある場合には、定年再雇用後の賃金減額について不合理ではないと判断された裁判例が複数あります。たとえば、定年前に正社員講師だった者が定年後に有期の時間講師として再雇用され年収が定年前の30~40%に減額されたケース(平30.1.29東京地裁立川支部判決「学究社事件」)や、定年前にホテルの正社員営業職だった者が定年後に嘱託社員として再雇用され年収が定年前の46~48%に減額されたケース(平30.11.21東京地裁判決「日本ビューホテル事件」)、定年前に正社員として報道制作等に従事した者が定年後に有期雇用労働者として再雇用され年収が定年前の38%に減額されたケース(平30.12.19富山地裁判決「北日本放送事件」)などがありますが、いずれも「職務内容や配置の変更の範囲」が異なること等を理由として、定年後の賃金減額の不合理性を否定しています。

これに対して、「①職務内容」または「②職務内容および配置の変更の範囲」に相違がなく、定年再雇用者であることが「③その他の事情」として考慮された最高裁判例(「長澤運輸事件」平30.6.1最高裁判決)について見てみましょう。本事案では、定年再雇用されたセメント運搬車両の乗務員の年収が定年前の79%に減額となったことが不合理な待遇差であるか否かが争われましたが、最高裁判所は、企業には高年齢者雇用確保措置が義務づけられており、定年退職した高年齢者の継続雇用に伴う賃金コストの無制限な増大を回避する必要があること等を考慮すると、定年再雇用後の賃金を定年時より引き下げたこと自体が不合理であるとはいえず、また、定年再雇用後の賃金を引き下げることは広く行われており、正社員との賃金の差額を縮める努力をしたこと等からすれば、賃金に関する労働条件の相違が法律に違反するとまではいえないと判断しました。

さらに、賃金総額のみを比較するのでなく、賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきとし、基本給や賞与、精勤手当、住宅手当、家族手当、時間外手当等について、それぞれの趣旨を考慮したうえで賃金項目ごとに不合理性の判断を行いました。本事案では、基本給や賞与、住宅手当、家族手当等については、それぞれの待遇の相違を不合理ではないと判断しましたが、精勤手当および時間外手当については、それぞれの手当の趣旨から待遇の相違を不合理と判断しています。

4.実務上の留意点

同一労働同一賃金ガイドラインで示されているとおり、正社員と定年再雇用者の待遇差は、定年再雇用の事実のみをもって相違が合理的であると判断されるわけではなく、事業主と労働組合との交渉の経緯なども含め総合的に考慮のうえ判断されます。

このことを踏まえると、定年再雇用者の給与引下げについて検討する場合、実務的にはまず「①職務内容」や「②職務内容および配置の変更の範囲」について正社員と相違があるのであれば、そのことを説明できるようにしておくことが重要です。

また、3.で見た「長澤運輸事件」で示されたように、各賃金項目の不合理性は性質や支給目的を踏まえて賃金項目ごとに判断されるため、基本給以外の手当などについて正社員と定年再雇用者の間に待遇差を設けている場合には、それぞれの手当ごとの性質や支給目的から合理的な理由を説明できるようにしておくことが肝要です。

5.おわりに

定年再雇用者の給与を検討するにあたっては、ここまで見てきた同一労働同一賃金に関する留意点を考慮する必要がありますが、このほかにも最低賃金を下回らないよう留意するとともに、高年齢者雇用継続給付金や老齢厚生年金等が支給される場合にはそれらも考慮して給与水準の検討を行うことが考えられます。また、法的に問題ない場合であっても、給与の大幅な減額によって労働者のモチベーション低下につながる可能性があることも頭に入れておく必要があります。

定年再雇用者であることを理由に給与水準をどの程度まで引き下げることができるのかについては、名古屋自動車学校事件の今後の高裁での審理結果を待つこととなりますが、いずれにしても定年再雇用者であることを理由として安易に給与減額を行うのではなく、定年後の給与水準についてさまざまな観点から慎重に検討することが肝要です。

以上

 


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