2021.09.27
人事労務Q&A
同一労働同一賃金への実務対応Q&A ~非正規社員に賞与・退職金を支給しなくてよいか~
2020年10月に正規雇用労働者と非正規雇用労働者との間の不合理な労働条件の相違を禁じた旧労働契約法20条を巡る最高裁判決が下され、賞与、退職金等の待遇差についての判断が示されました。これらは同一労働同一賃金の実現を目的とする「パートタイム・有期雇用労働法」の企業対応に大きな影響を与えるものです。
そこで今回は、賞与・退職金にかかる企業の実務対応について、Q&A形式で見ていきたいと思います。
Q.2020年10月に下された最高裁判決では、正社員に支払っている賞与や退職金を契約社員やアルバイトに支払っていなかったことについて不合理ではないと判断されたと聞きました。
弊社では、正社員に賞与・退職金を支給していますが、契約社員やパートタイマー、アルバイトには支給していません。この相違は、同一労働同一賃金の観点から問題はないでしょうか。
A.ご質問の最高裁の判決では、正規社員と非正規社員の賞与・退職金にかかる労働条件の相違について、背景にあるさまざまな特殊事情が考慮された結果、いずれも不合理ではないと判断されましたが、今回の判決をもってすべての非正規社員の賞与・退職金について支給しなくても問題ないとされたわけではありません。賞与・退職金の支払いの有無や金額について、正規社員と非正規社員との間に相違を設ける場合には、その相違の合理性が説明できるよう、待遇差について整理しておくことが重要です。
では、最高裁判決による判断のポイントを見たうえで企業の実務対応について、詳しく見ていくことにしましょう。
1.賞与について争われた最高裁判決の概要とポイント
まず、賞与について争われた大阪医科薬科大学事件(2020.10.13最高裁第三小法廷判決)では、研究室の秘書として働いていたフルタイムのアルバイト職員(有期契約)と教室事務員である正職員(無期契約)との間の賞与等の労働条件の相違が旧労働契約法20条に違反するとして争われ、2020年10月13日に判決が言い渡されました。
最高裁判決では、正職員に対する賞与は、その支給実績に照らすと、算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償、将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものであり、正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的があると認定されました。
また、正職員とアルバイト職員の間の職務の内容、職務の内容および配置の変更範囲その他の事情について、以下のとおり判断されました。
- ① 職務の内容
アルバイト職員の職務が相当に軽易であったのに対し、正職員は英文学術誌の編集事務等の業務に従事する必要があるなど、一定の相違が認められる。 - ② 職務の内容・配置の変更の範囲
アルバイト職員は原則として配置転換がないのに対し、正職員は規則上人事異動を命じられる可能性があるなど、一定の相違が認められる。 - ③ その他の事情
比較対象となった教室事務正職員の他に大多数の正職員が存在し,その職務内容や配置の変更範囲が大きく異なっていたことや、アルバイト職員について契約職員および正職員へ段階的に職種を変更するための試験による登用制度が設けられており、実際に機能していたことなどを考慮。
これらの事情を踏まえ、判決では正職員とアルバイト職員の賞与にかかる労働条件の相違について、不合理とまではいえないと判断されました。
特筆すべきは、考慮要素の一つである③の「その他の事情」の内容についてです。比較の対象とされた教室事務員である正職員の業務の過半は定型的で簡便な作業であったため、大学では一定の年数をかけてアルバイト職員に置き換えてきており、原告労働者の在籍当時、正職員約200名中4名にまで減少していました。そして、それらの職員を含め、すべての正職員が同一の就業規則の適用を受けていることから、業務の内容の難度や責任の程度が高く人事異動も行われていた他の大多数の正職員を基本として労働条件が設計されていることが不合理性の判断にあたって考慮されたものです。
2.退職金について争われた最高裁判決の概要とポイント
つぎに、退職金について争われたメトロコマース事件(2020.10.13最高裁第三小法廷判決)では、駅の売店で販売員をしていた有期契約社員4人が、正社員(無期契約)との間にある賃金等の格差が旧労働契約法20条に違反するとして争われ、大阪医科薬科大学事件と同じ日に最高裁判決が言い渡されました。
最高裁では、正社員に対する退職金は、本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給しており、その本給は年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた職能給の性質を有する部分からなるものとされていたことから、職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや、継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有し、正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的で支給するものと認定されました。
また、両者間の職務の内容、職務の内容および配置の変更範囲その他の事情について、以下のとおり判断されました。
- ① 職務の内容
正社員は不在販売員の代務業務や複数売店の統括のエリアマネージャー業務に従事する必要があるのに対し、契約社員は売店業務に専従しているなど、一定の相違が認められる。 - ② 職務の内容・配置の変更の範囲
正社員は業務の必要により配置転換等を命じられる現実の可能性があるのに対し、契約社員は就業場所の変更を命ぜられることはあっても業務内容に変更はなく、正社員のような配置転換等を命ぜられることはないなど、一定の相違が認められる。 - ③ その他の事情
比較対象とされた正社員が他の多数の正社員と職務の内容等に相違があったものの、これは会社の組織再編等に起因する特別な事情によるものであったこと、すべての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同一の就業規則等の適用を受けていたことや、契約社員について、段階的に職種を変更するための登用試験制度があり、その運用実態も認められたことなどを考慮。
これらを踏まえ、判決では正社員と契約社員の退職金にかかる労働条件の相違について、不合理とまではいえないと判断されました。
また、退職金についても大阪医科薬科大学の賞与の判断と同様に、③の「その他の事情」が考慮された点が注目されます。比較対象となった売店業務に従事する正社員は、組織再編成により雇用された元関連会社(売店業務専門)の出身者と売店業務に従事する契約社員から正社員に登用された者が約半数ずつであったため、組織再編成の経緯や職務経験等に照らして、賃金水準を変更したり、他の部署に配置転換等をすることが困難な事情が存在していたことが不合理性の判断にあたって考慮されたものです。
3.ガイドラインの考え方
正規社員と非正規社員との間に待遇の相違が存在する場合に、いかなる待遇差が不合理であり、いかなる待遇差が不合理でないかについて、原則となる考え方および具体例を示した同一労働同一賃金に関する指針(厚生労働省告示第430号、以下「ガイドライン」という。)では、会社の業績への貢献に応じて支給する賞与について、同一の貢献をした場合には貢献に応じた部分について同一の賞与を支給しなければならないとし、貢献に一定の相違がある場合はその相違に応じた賞与を支給しなければならないとされています。また、労働者の業績や成果に応じた手当を支給する場合でも、同一の業績や成果には同一の手当を支給し、一定の相違がある場合には相違に応じた手当を支給しなければならないとされています。
さらに、ガイドラインでは、雇用形態の相違によるものではなく、生産効率や品質の目標値に対する責任を負っている場合で、目標値を達成していない場合に待遇上のペナルティが課されているか否かといった責任の程度により賞与に差が生じた場合には、その相違は問題にならないものとされています。
なお、ガイドラインでは、退職金や住宅手当、家族手当等の待遇に関する具体的な考え方が示されていませんが、これらの待遇についても不合理と認められる待遇の相違の解消等が求められるとされています。
4.企業における実務対応
今回見た2つの事件では賞与・退職金について、いずれも最高裁において相違は不合理ではないと判断されましたが、判決文の中では退職金・賞与の「支給に係る労働条件の相違が、労契法20条にいう不合理と認められるものにあたる場合はあり得る」との記述があります。また、前述したとおり、ガイドラインでも賞与・退職金について正規社員と非正規社員の間に相違を設ける場合には、まずその差が不合理と認められないよう待遇差について整理しておくことが求められています。
企業においては、賞与・退職金の趣旨・目的を明確化するとともに、正規社員・非正規社員それぞれの職務内容および職務の内容・配置の変更の範囲その他の事情についてあらためて確認しておくとよいでしょう。
また、2つの事件ではいずれも非正規社員から正規社員への試験登用制度があることが「その他の事情」として考慮されており、また同一労働同一賃金の実現を目的とするパートタイム・有期雇用労働法13条においても、通常の労働者への転換を推進するための措置が事業主に義務付けられていることから、正社員転換制度等の導入についても検討することが望まれます。
5.おわりに
これまで見てきたように、賞与・退職金の不合理性の判断にあたっては、その趣旨・性質や職務内容等がすべて考慮されることとなるため、その待遇差ついて多様な角度から整理・検討することが求められます。2021年4月より中小企業に適用(大企業は2020年4月1日施行)されているパートタイム・有期雇用労働法に対応するためにも、賞与・退職金の支給の有無や金額について正規社員と非正規社員の間に相違がある場合には、相違の理由を説明ができるようにするとともに、相違を設ける必要がある場合には、違いに応じた待遇となるよう再整理しておくようにしましょう。
ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)