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人事労務コラム Column

Q.いったん退職願を提出した社員が「退職を取り消したいので、提出した退職願を返して欲しい」と言ってきました。もちろん会社としては応じるつもりはありませんが、いったん受領した退職願を返還せず、取り消しを認めないことは、法的に問題はないでしょうか。

A. 労働者の発意によって労働契約を解約(自己都合退職)する場合には、まず、会社に対し、退職願などの書面によって申入れ、会社がそれを承認したときに解約が成立するというのが一般的なパターンですが、いったん退職願を提出した後に、それを撤回することができるかどうかは問題となるところです。

そこで、まず、労働者から行う労働契約解約の法的性格について見たうえで、この問題について考えてみることにしましょう。

(1)労働契約解約に関する法律の定め

労働基準法は、使用者から労働契約を解約(解雇)する場合には、少なくとも30日前に予告しなければならないこととしています(同法第20条第1項。ただし、解雇予告手当を支払った場合には、予告期間を短縮することができる)。しかし、労働者からの労働契約解約の予告時期については、何も規定していません。

そこで、民法を見てみると、期間の定めのない雇用(労働)契約については、「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。」とするとともに、「解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。」(民法第627条第1項)と定めており、その当事者は、いつでも雇用(労働)契約の解約を申し入れることができ、かつ、相手方が承諾しないときにも、その解約の申入れから2週間を経過したときにその申入れの効力が生じることとしています。

しかし、この民法の規定は、厳密には日給制(日給月給制を含む)や時給制の場合に適用されるもので、月給制(月を単位に賃金を決定するいわゆる完全月給制による雇用者)については、同第2項の「期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただし、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。」とした規定が適用されます。つまり、月給制の場合には、月の前半に解約の申し入れをしなければ、当月の解約(退職)はできず、月の後半に申入れをすると翌月の末日に解約が成立することになり、申入れから解約までに、最短で半月、最長1ヵ月半ほどの期間が必要となるわけです。

また、同第3項では、「6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、3箇月前にしなければならない。」と定めており、年俸制や半期年俸制の適用者については、退職予定月の3ヵ月前に退職の申し入れを行わなければならないこととしています。
このように、民法は、(完全)月給制や年俸制(半期年俸制)における退職の申入れ時期について定めています。

(2)合意解約の申入れとして行われた場合

以上に見たように、労働者側からの労働契約の解約は、通常、合意解約の申入れとして行われ、これを使用者が承諾するか、もしくは申入れから一定期間を経過したときに解約が成立するものと解されています。

裁判例の多くも、退職願の提出は労働者からの解約の通告ではなく、合意解約の申入れであると解しています。すなわち、労働者が使用者に対して一方的に労働契約解約を通告するのではなく、使用者に解約の合意を得るための申入れであると捉えているわけです。この場合、労働者が退職願を提出した後に、使用者がこれを承諾することによって退職(労働契約の解約)が成立することになりますので、使用者の承諾があるまでは、労働契約は未だ解約されていないことになります。

したがって、このように、労働者による労働契約解約の意思表示が合意解約の申入れとして行われた場合には、退職が承認される(使用者が解約を承諾する)以前であれば、これを撤回することができます。たとえば、退職願が直属の上司のところで留まっていて、人事権を持つ者(役員など)まで上がっていなかったような場合には、会社はまだ退職を承諾していませんので、この時点では撤回は可能です。しかし、いったん使用者が承諾した後は、その申入れを撤回することはできません。

なお、真意によらない意思表示(心裡留保)として行われた退職願や錯誤によるものは無効となります(民法第93条、第95条)。また、詐欺や強迫による意思表示は取り消すことができます(民法第96条)ので、これらの場合には、使用者の承認の有無に関係なく撤回することができます。

(3)解約通告として行われた場合

ところで、「何がなんでも絶対に辞める」というように、辞職の意思が明確で、労働者が労働契約の解約を使用者に一方的に通告した場合には、使用者の承諾がなくとも労働契約は解約されるものと解されています(平9.6.20東京地裁判決「ジャレコ事件」参照)。このように、退職の意思表示が労働者からの労働契約解約の一方的意思表示(通告)として行われた場合には、通告と同時に解約の期日が確定するため、その後は退職の意思表示を取り消すことはできません。この点については、民法でも、「契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。」(第540条第1項)としたうえで、「前項の意思表示は、撤回することができない。」(同条第2項)としています。

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

※本コラムは、2001年に日本生産性本部(当時「社会経済生産性本部」)のウェブサイト『人事労務相談室』で掲載した内容をリライトしたものです。

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