2018.10.01
特集
正規・非正規社員間の格差をめぐる注目の最高裁判決
2018年6月1日にハマキョウレックス事件と長澤運輸事件の判決が出されました。これらの判決は、2018年6月29日に成立した働き方改革関連法の改正ポイントの一つ、「同一労働同一賃金」に関連するもので、改正法が施行される前に下された判決として注目を集めています。
ハマキョウレックス事件と長澤運輸事件は、ともに期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を禁止する労働契約法20条に関して争われた我が国初めての最高裁判決です。今回は、この2つの事案の概要と今後の実務上の留意点を見ていきます。
1.労働契約法20条の定め
労働契約法20条では、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件が相違する場合において、①業務の内容や仕事の責任、②職務内容や配置の変更の範囲、③その他の事情 の3つの要素を考慮して、不合理と認められるものであってはならないと定めています。2つの裁判では、これらの要素を踏まえて正規・非正規社員間の処遇格差の合理性について判断がなされました。
2.ハマキョウレックス事件の概要
まず、ハマキョウレックス事件について見ていきたいと思います。本事案は、従業員数約4,600名の一部上場の物流会社に雇用されていたトラックドライバーの有期契約社員が、同じトラックドライバーであるにもかかわらず、無期契約の正社員と手当等の支給の有無や金額が異なるのは労働契約法20条違反であるとして、正社員のみに支払われる無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、そして正社員と比較して低額な通勤手当の6つの手当の支給を求めて提起した事案です。
判決では、各手当の趣旨や性質に照らして個別に合理性が判断され、住宅手当については、正社員には転居を伴う配転があることから正社員のみの支給を不合理ではないとする一方、それ以外の5つの手当については不支給とすることは不合理であるとしました。
3.長澤運輸事件
次に、長澤運輸事件についてですが、本事案は、従業員数60数名の運送会社で定年再雇用後に1年更新の嘱託乗務員となった運転手3名が、定年前後で職務の内容や配置の変更の範囲が同一であるにもかかわらず、賃金が定年前より低下するのは労働契約法20条に違反するとして、正社員の賃金と嘱託乗務員の賃金との差額等の支払いを求めて提起したものです。
判決では、定年制は賃金コストを一定限度に抑制する制度であり、正社員は定年までの長期雇用を前提としていることや、再雇用者は定年まで正社員の賃金を支給され、老齢厚生年金の支給も予定されているなどの事情は、賃金体系のあり方の基礎となるもので、それによって待遇に差が出ること自体は不合理ではないと判示しました。
わが国では、多くの企業が定年再雇用前後で賃金総額を7割から8割程度まで引き下げるしくみを取っているため、そのことが最高裁において不合理と判断されるか否かが注目されましたが、判決では、この点について、定年再雇用を理由に待遇差を設けることが直ちに不合理とは認められないとしたうえで、賃金の基本部分である能率給および職務給が支給されないことや、住宅手当、家族手当、役付手当、さらには賞与が支給されないについて、不合理とは言えないとしました。
その一方で、賃金総額を比較することのみによるのではなく、手当などの賃金項目が複数ある場合には、不合理かどうかは趣旨を個別に考慮すべきであるとしたうえで、精勤手当については、職務内容が同一である以上、皆勤を奨励する必要性に差はなく、支給しないのは不合理であるとしました。
なお、本事案では、合理性の判断にあたって、同業他社と比較して定年再雇用後の賃金総額が一定程度上回っていたことが考慮された点も見逃せません。
4.実務上の留意点
この判決を受けて企業としての実務上の留意点は3点あります。
まず1つ目ですが、ハマキョウレックス事件では、前述したとおり、正規・非正規間の待遇差の不合理性について、手当ごとの趣旨や性質に照らして個別に判断されました。今後、正規社員のみに支給される手当は、その趣旨や内容によっては不合理と認定される可能性があるため、実務においては、あらためて正規社員・非正規社員それぞれの手当について、職務内容等をもとに、支給の有無や金額差を説明できるようにしておく必要があります。
また、現状において、職務内容などが異ならないにもかかわらず、有期・無期で待遇差がある場合には、あらためて有期社員と無期社員のそれぞれが担うべき役割や責任の再整理を行うとともに、それでも格差の説明がつかない場合には、職務内容等の差に応じた待遇の実現のために、賃金制度全体の再構築について検討が必要となる場合もあります。
次に2つ目ですが、長澤運輸事件では、前述したとおり、定年再雇用を理由に待遇差を設けることが直ちに不合理であるとは認められないとしつつも、賃金総額を比較することのみによるのではなく、その賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきとしました。
実務においては、まず同業他社と比較して賃金総額が低い水準となっていないかを検証するとともに、定年前後で職務内容等が変わらないにもかかわらず、定年再雇用したことをもって不支給・減額となる手当がないかなど、各手当についてその性質や目的を個別に検討し必要に応じて見直しを行うことが求められます。
3つ目として、長澤運輸事件は、定年再雇用後の基本給や諸手当等の賃金制度が改定され、その変更内容の合理性が争われた事案ですが、本事案では賃金制度を見直すにあたって、計8回にわたる団体交渉を行うとともに、代替措置を設けていたことなどが考慮されました。
今後、正規社員と非正規社員の賃金・人事制度の見直しを行う場合には、労働者との協議・説明や導入まで十分な期間を設けるなど、よりいっそうそのプロセスを丁寧に進めていくことが重要になると考えられます。
ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)
※本コラムは、「日経トップリーダー」経営者クラブ『トップの情報CD』(2018年10月号、日経BP発行)での出講内容を一部編集したものです。