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人事労務コラム Column

2018.05.07

特集

裁量労働制③~法人営業職への企画業務型裁量労働制の適用拡大の概要と留意点~

ヒューマンテック経営研究所 所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

現在開会中の通常国会で審議中の「働き方改革関連法案」(働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案)。時間外労働の上限規制や同一労働同一賃金の制度化、高度プロフェッショナル制度の新設などの改正事項を含み、政府が今国会において最重要と位置付ける法案です。

当初、この法律案要綱には、企画業務型裁量労働制の法人営業職への適用拡大も改正事項として盛り込まれていましたが、今年1月の安倍首相の国会答弁において引用された、厚生労働省の裁量労働適用者に関する労働時間のデータが不適正であったことが判明し、批判が集中したことから、同制度の拡大は法案から削除されました。しかし、裁量労働制の適用拡大は、産業界からの強い要望であり、今後も改正への動きや改正に向けての議論は続くものと思われます。今回は、先送りとなった企画業務型裁量労働制の適用拡大の概要および留意点について解説します。

 

※本コラムは2024年3月までの法令等に基づく内容です。
裁量労働制についての最新の法改正情報はこちら:
【2024年4月改正】裁量労働制の見直しについてわかりやすく解説(前編)~ 専門業務型裁量労働制の改正内容 ~

 

1.企画業務型裁量労働制とは

裁量労働制とは、みなし労働時間制の一つで、業務の性質上、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要があるため、業務遂行の手段および時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難な一定の業務に就かせた場合に、実労働時間にかかわらず、労使協定または労使委員会の決議により定めた時間働いたものとみなす制度です。

裁量労働制には適用される業務の種類に応じて「専門業務型」と「企画業務型」があります。「専門業務型」は、システムコンサルタントやインテリアコーディネーターなど、厚生労働省が定める一定の対象業務に対して適用することができます(詳細は本コラム「働き方改革関連法案(裁量労働制・高度プロフェッショナル制度)~裁量労働制の概要~参照)。これに対して、「企画業務型」は、事業運営上の重要な決定が行われる企業の本社などにおいて、企画、立案、調査および分析を行う労働者を対象としています。

2.新たに対象となる業務

企画業務型裁量労働制の適用拡大は、法案が国会に提出される前に削除されたため、改正法案に記載はありませんが、2017年9月にまとめられた法律案要綱(以下「旧要綱」といいます)によれば、次の2つの業務が新たに対象業務として追加されるとしていました。

① 事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査および分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該事業の運営に関する事項の実施状況の把握および評価を行う業務
② 法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売または提供する商品または役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務(主として商品の販売または役務の提供を行う事業場において当該業務を行う場合を除く)。

①は、2017年2月の労働政策審議会の建議によれば、たとえば、全社レベルの品質管理の取組計画を企画・立案し、その計画に基づいて調査や監査の改善を行い、各工場に展開してその結果を見た上で、さらなる改善の取組計画を立案するというように、全社レベルで裁量的にPDCAをまわす業務が想定されていました。

②は、今回のテーマである法人営業職への適用拡大です。しかし、上記にもあるとおり、一般的な営業とは異なり、たとえば、取引先企業のニーズに基づいて社内で新商品開発の企画・立案を行い、課題解決型商品を開発・販売するといった、いわゆる「課題解決型の提案営業」の業務等が想定されていました。なお、要綱では、②の業務は、「法人である顧客の事業の運営に関する事項を改善するために行うもの」であることを指針で定めることとし、既製品やその汎用的な組み合わせの営業や、商品または役務の営業活動に業務の重点がある業務は該当しないとしています。

3.対象業務に従事する労働者の基準

旧要綱には、企画業務型裁量労働制の適用拡大だけではなく、制度全体の改正事項も示されていました。その1つ目が対象労働者の基準です。これまで、企画業務型裁量労働制の対象労働者には明確な基準がありませんでしたが、対象業務に従事する労働者は、対象業務を適切に遂行するために必要なものとして、少なくとも3年間の勤続を必要とすることとしていました。

4.健康・福祉確保措置

改正事項の2つ目は、健康・福祉確保措置です。企画業務型裁量労働制を実施するにあたっては、健康・福祉確保措置を労働者側と使用者側の委員で構成する労使委員会で決議しなければなりませんが、措置の内容までは詳しく定められてはいませんでした。しかし、旧要綱では、次のいずれかの措置を義務付けることとしました。

①終業から始業までの労働時間の確保(勤務間インターバル制度)
②労働時間が一定の時間を超えないようにする制度
③年次有給休暇の付与
④健康診断の実施
⑤その他厚生労働省令で定める措置

5.始業・終業時刻の指示はできない

改正事項とは異なりますが、もう一点特筆すべき点があります。裁量労働制は、フレックスタイム制のように「各日の始業・終業時刻の決定」を労働者に委ねるものではないため、始業・終業時刻に関し、遅刻・早退といった概念はないものの、業務の遂行手段および時間配分の決定等以外については、労働者に対して必要な指示をすることができるとされていました(本コラム裁量労働制② 裁量労働制の運用に係る留意点 ~」参照URL)。しかし、旧要綱では、この点に関し、使用者が具体的な指示をしない時間配分の決定に、始業および終業時刻の決定が含まれることを明確にするとしました。つまり、これに基づいて法改正されると、裁量労働適用者については、始業・終業時刻についても適用労働者に委ねる必要があり、使用者はこの点において指導できないということになります。今回、この項目も法案から削除されていますが、今後の法改正の動向に注意が必要です。

6.適用範囲の判断が難しい

今回、企画業務型裁量労働制の対象となる予定であった法人営業職については、前述したとおり、「課題解決型商品を開発の上、販売する業務」であり、対象者は限られます。近年は、「提案型営業」、「コンサル営業」、「ソリューション型営業」というように、営業も、企画や提案などを伴うスタイルがとられるようになりましたが、このような名前がつくからといって、直ちに裁量労働制が適用されるわけではありません。2017年12月に大手不動産会社が裁量労働制を違法に適用したとして、東京労働局に是正勧告および特別指導を受けましたが、この会社では、多くの外回りの営業職に対して、企画業務型裁量労働を適用していたようです。このように、安易に裁量労働制を適用すると行政指導の対象となるばかりでなく、多額の未払い残業代を支払うリスクも生じます。裁量労働制の適用拡大は、今回見送りとなりましたが、今後自社で導入を検討する場合は、本来の裁量労働制の趣旨に沿う業務であるかどうか、慎重に検討する必要があるでしょう。

ヒューマンテック経営研究所
所長 藤原伸吾(特定社会保険労務士)

※本コラムはWEBサイト「PHP人材開発」(PHP研究所)掲載「法人営業職への企画業務型裁量労働制の適用拡大の概要と留意点」(2018/5/7更新)に寄稿したものを一部編集したものです。

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